「君のように絶えず真面目を求めすぎると大変な損をするよ。少しは遊びをしなくてはね。」
「けれど君、」と松井は反駁した。「人事の上に超然として遊びが出来るためには自分に大なる力を持っていなくちゃならない。そうでないとずるずる引きずり込まれてしまう恐れがあるんだからね。でそういう力は何処から来るんだ? 僕は凡てを真面目に考える処からその力が湧くんだと思っている。そして真面目を徹底した処に本当の遊びがあると思っている。」
「それは君の所謂神の域に達したものなんだろう。けれど君そうやたらに神様になれるもんかね。そう理想と現実とをごちゃごちゃにしちゃあ苦しくってやりきれない。そりゃあ僕だって神にはなりたいやね。」
「とんだ神だね。」
「なにこれで案外君より上等の神になれるかも知れないよ。」
 一寸言葉がと切れると、二人の心の底にある寂寥の感が湧いた。それは空腹の感じと似寄った感じだった。それきり二人共黙り込んでしまった。
 すっかり戸が閉されてしまった通りには、がらんとした静けさがあった。稀に通り過ぎる人は足を早めた。そして雨あがりの水溜りや泥濘の上に、赤い火がきらきらと映っていた。

    
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