、貯水池、水門など、各種の難工事が克服され、このために移動された土壌の量は、高さ一メートル幅一メートルの土堤に直してみると、長さ二十万キロ、地球赤道を五周するほどだという。これだけの大工事が、中国においては、人民のために人民の手で行われているのだ。日本にあっても、この貧窮のさなかだから、先ず何を措いても国利民福のことを考えるべきではないか……。そういうことを青木は饒舌った。
この青木の話は、宴果てようとする頃に持出されたもので、石村の説を反駁するという形にはならず、単に話題を転換するものという風に受取られた。二、三の者が彼の相手になり、今西巻子が最も多く口を利いた。青木は巻子の方に向き直って、ますます熱心に饒舌り立て、その説はなんだか彼女に迎合的だった。二人は意気投合してるようにも見え、或は互に酒の肴にしてるようにも見えた。彼女も相当に酒を飲んで、したたか酔っていた。そして二人で饒舌り合ってるうちに、石村はいつしか席を立ち、他の者も相次いで姿を消し、二人だけ泥酔して、喜久家に泊りこんでしまったのである。その前後のこと、青木はよく記憶してはいなかった。ただ、巻子がひどく消極的に、或は全
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