務機関の仕事をやっていた。静安寺路の可なり立派なアパートに住んで、主として隠匿物資の摘発回収に当っていた。白系ロシア人や中国人をも手先に使っていた。その当時、青木も石村の下で働いていたのである。石村はしばしば本国に往来していて、終戦の時には丁度東京に帰っていた。運がよかったのだ。やがて半焼のビルの空室をかり受け、石村商事を開いて、軍関係やその他の闇物資で巨利を得た。彼のところには、旧軍人や旧軍属が集まってきた。青木もその一人だった。終戦直後、北京から朝鮮を迂回して、命がけの冒険旅行をやったのである。闇物資の仕事が少くなって、石村商事は石村証券と看板を変え、人員も次第に少くなり、そして今日に至ってるのであるが、石村は心ひそかに期するところがあって、新たな活動を始めてるようだった。
「青木君。」
 石村は突然呼びかけて、青木の顔をじっと見た。
「率直に言おう。君はあの今西巻子から、何等かの情報を掴むつもりだったろうね。」
 青木にとっては思いがけない言葉だった。そんな意図は全然なかったのである。彼は呟いた。
「それはちと、明察すぎますね。」
「白ばくれなくてもいいよ。或は僕の思い違いかも知
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