りするんだから、よほど細心に取扱わなければならん。むしろ、下らないと見えるものを、注意深く蒐集しなければいけない。現内閣の意向だとか、国警本部の方針だとか、左翼運動の新企画だとか、そういう大まかなものでなく、巷の声、ちょっとした聞き込みが大切で、そういうことについて、何か君が知ってることはないかね。」
青木は考え込む風を装いながら、内心では、いよいよ来たなと思った。近頃、石村証券の商売の方は至って閑散で、各会社の内情調査が主な仕事となっていたが、その代り、石村のところへの直接訪問客が目立って殖えていた。日本再軍備の問題が各方面で論議されるようになってから、それが殊に甚しかった。石村の室へは、廊下から、事務室の方の扉と女秘書室の方の扉と、二つの出入口があって、直接の訪問客はたいてい後者から出入したので、どういう人物かよくは分らなかったが、主として旧軍人の類であることは想像に難くなかった。第一、ここの主な社員たちにしても、もとを糺せば旧軍人か或は旧軍属だったのである。
青木が考え込んでるのを見て、石村は話の調子を変えた。
「君に思い当ることがないとすれば、まあそれでいいさ。酒場での酔っ
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