た。
 青木は石村と全く二人きりなのを知り、石村の応対が懇切なのを見て、これはいつもと違った用件だと悟った。
「引止めて、迷惑じゃなかったかね。」
「いえ別に……。どうせ酒を飲むぐらいな用しかないんですから。」
「ははは、うまいことを言ってるぜ。」
 石村は二人のコップにウイスキーをついだが、なにやら憂鬱そうだった。煙草の煙の合間に、ふっと眉間に皺を寄せたりした。だが、彼のそういう表情は、何等かの行動的決意に依るものであることを、青木は知っていた。
 石村は青木の顔をじっと見た。
「実は、君に少し頼みたいこともあるんだが、なにか、特別な情報はないかね。」
「情報と言いますと……。」
「いや、そうむつかしく考えんでもいいがね、つまり、日本は今、ひどく緊迫した状態にあるから、各方面の情報を集めておく必要がある。一般與論の[#「一般與論の」は底本では「一般輿論」の]動向なんかは、どうでも宜しい。各方面の特別な個々の動き、それを掴んでおくことが大切だ。ところでこの情報というやつは、君も知ってる通り、重大だと見えるものが案外何の役にも立たなかったり、下らないと見えるものが案外に深い根を持っていた
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