長室に来客があっても、社員には遠慮なく退出さした。もっとも、十人に足りない小さな会社なのである。
 ちょっとというのが、三十分あまりかかった。石村は廊下まで来客を送り出して、それから事務室へ顔を出した。
「待たして済まなかったね。」
 青木に声をかけて、それから室内を一通り見廻した。
「宮崎君、君はもう帰ってよろしい。」
 宮崎は直立不動の姿勢をした。
 青木は石村について社長室にはいった。
 中央の大きな円卓をかこんで、長椅子や安楽椅子が並んでおり、壁には大小数枚の油絵があった。卓上には、ウイスキーの瓶や水差やピーナツが出ていた。石村が来客と一杯やっていたものらしい。
「さあ掛け給い。」
 石村は青木に安楽椅子を指し示し、自分は長椅子にかけようとしたが、ちょっと小首を傾げて、事務室のとは別な扉を開けて出て行き、ウイスキーの新たな瓶を持って来た。そこの室には、女秘書の小島がいる筈だったが、それももう帰って行ったらしかった。この女秘書は、石村を直接訪れて来る客を取次いだり、茶を出したり、タイプライターを叩いたりする役目だ。石村はタイプの文書が好きで、それを叩く音がこの室にはのべつにしてい
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