擬体
豊島与志雄
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【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)大※[#「さんずい+巳」、第3水準1−86−50]濫
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退社間際になって、青木は、ちょっと居残ってくれるようにと石村から言われて、自席に残った。同僚が退出した後の事務室は、空気までも冷え冷えとしてきた感じで、眼を慰めるものとてない。壁に懸ってる地図だのカレンダーだの怪しげな版画だの、毎日見馴れてるものばかりだった。受付兼給仕の宮崎がまだ残っていたが、衝立の陰で、何をしているのやら、ひっそりとして物音一つ立てなかった。青木はやたらに煙草を吹かしながら、新聞の綴込をぼんやり読みあさるより外はなかった。
石村は社長室で、来客と話し込んでいた。前の石村商事、今の石村証券の、彼は社長だったが、どういうものか、社員にも石村さんと呼ばせて、社長と言われるのを嫌った。もと陸軍の退役中佐だったが、終戦当時から中佐と言われるのを嫌ったのと、同じ意味合だったらしい。そして時間を守ることは几帳面で、社
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