めに、冗談を仰言ったのではありますまいね。」
「冗談というと……。」
「スパイ云々、情報云々……あのことです。」
「違う。絶対にそんなことはない。その証拠には、君に約束しよう。いつでもまた復職したかったら、やって来給え。その代り、君の方からやって来ない限り、僕の方からは手を差伸べないからね。その点ははっきりしておこう。」
「よく分りました。」
もう言うべきことはなかった。石村は辞職願を仕事机の抽出しに納めた。
青木は暫く考えてから、切り出した。
「お願いしたいことが、二つあります」
「ああ。遠慮なく言ってくれ。」
「あの、今西巻子は、共産党員でもシンパでもありません。ましてスパイではありません。このこと、了解して頂けましょうか。」
「君はそう信ずるかね。」
「ええ、信じます。」
「それでは、僕も君の言葉を信ずるとしよう。ところで、君はあの女を愛してるのかね。」
「そんなことはありません。酒の上の過ちです。私には妻があります。」
「だが、あの女はどうも、君の側の陣営の者で、僕の側の陣営の者ではなさそうだね。」
「それは、私にはむしろ逆ではないかと思われますが……。」
石村は首をひね
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