った。その時、青木ははっきり気附いた。今西巻子に事よせて、二人ははっきり絶縁したのだった。気持ちに何の後腐れもなくさっぱりとした。
「最後のお願いですが、お約束通りの退職金を、今日頂けますまいか。」
「ばかに気が早いね。惜別の宴でも、一夕、社員たちと一緒に設けたいんだが、どうかね。」
「そのようなこと、気が進みません。」
「いやにはっきりしてるじゃないか。」
 石村は仕事机の方へ行って、何か帳簿を調べ、それから小島を呼んで、丸田の方へ紙片を持たせてやった。
 暫くして、丸田がやって来、青木を見ると、びっくりしたように佇んだが、石村へ封筒を差出し、青木へは会釈しただけで出て行った。
 石村は青木の前へ戻って来た。
「では、これは今月分の手当。これは退職金。退職金の方は小切手になってるが、いいだろうね。調べてみてくれ。」
 青木は金を調べ、前に置かれてる受領書へ捺印した。
 石村は仕事机から戻ってきてから、まだ突っ立ったままだった。青木は金を納めてから立ち上った。
「長々お世話になりました。」
「いや、御苦労さまだった。」
 石村が手を差出したので、青木はその手を握った。その時の石村の凝視
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