れっきりなの。」
 何を言うか、と青木は思ったが、その憤りのため、却って後へは引けなくなった。
 二人は喜久家へ行って、また泥酔し、泊りこんでしまった。前の時と同様、味気ない一夜だった。翌朝、巻子は言った。
「こういう保養も、たまにはいいわね。」
 その冷淡な言葉に、青木は見事に仇を打たれた気がした。勝気で不感性めいた彼女に深入りしてると、これはとんでもないことになりそうだ、と警戒の念が起った。其後、青木は彼女を避けるようにした。
 それだけの交渉だったのである。然し、石村は執拗だった。
「僕は、君が彼女を丸めこんで、何か情報を得ようとしてるのだと思ったが、違うかね。」
 青木はただ唖然とするばかりだった。
 石村は酔眼を据えて、じっと青木を見つめた。嘗て上海にいた頃、石村はよく相手の顔を凝視した。ぴたりと吸いつくようなその眼光には、人を威圧するものがあった。今では、丸刈にしていた頭髪を長めに伸ばし、白毛もだいぶ交っており、頬の肉は少し落ちていたが、青木にとっては、あの頃の眼光を久しぶりに見出した気がした。
 青木は眼を外らして、ウイスキーをなめながら、口籠った。
「私には、何のことだ
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