。トニイはたずねていきました。
 ごみごみした裏町の、そまつな大きなアパートでした。うす暗い階段をのぼっていって、三階の、奥の部屋です。
 トニイはそっと戸をたたきました。ひっそりしていて、何の返事もありません。トニイはまた戸をたたきました。少し強くたたきました。
 しばらくすると、しずかに戸が少し開かれました。そしてマリイの大きな目がその間からのぞきました。
「あ、トニイさん……」
 マリイはかけだしてきて、トニイの両手をとりました。涙ぐんでいました。
「どうしたんだい」
「ごめんなさい。でも、うれしい。あたし待ってたわ。早く……いらっしゃい……」
 マリイはトニイの手をひっぱって、部屋の中にはいりました。
 せまいきたない部屋でした。大きなテーブルが一つと、いくつかの小さな椅子《いす》、戸棚《とだな》、炊事場《すいじば》……。マリイは横手の扉をあけて、次の部屋にトニイをひっぱっていきました。そこには、ベッドが二つならんでいて、その一つに、やせた蒼白《あおじろ》い女が坐っていました。
「お母さん、トニイさんがきたわ」とマリイは叫びました。「あたしが言った通りよ。トニイさんが来たでしょう。ねえ、トニイさんはいけない人じゃないわ」
 トニイは何のことかわけがわからず、ただマリイのお母さんにていねいに挨拶《あいさつ》をしました。
 マリイはあいてる方のベッドにトニイを腰《こし》かけさして、これまでのことを話しました。――先日、アパートの受付の婆さんのところへ、一人の男がやってきて、マリイに届けてくれと、小さな包みをおいていきました。マリイはそれを受け取って、あけてみると、びっくりしました。金貨や銀貨がたくさんはいっていて、ただそれだけです。それを持ってきたのは、どんな男だか、いくら婆さんにきいても、よくわかりませんでした。りっぱなみなりの紳士らしい人……というきりです。婆さんはぼんやりしていて、顔もよく覚えていないんです。何だか気味がわるくて、困ってしまいました。お母さんは心配しはじめました。マリイを誘惑するためじゃないかと思いました。ほかに誰も心あたりがないので、トニイをうたがいました。もう花売りにでてはいけないといいました。もしトニイがそのお金にかんけいがなくて、りっぱな人だったら、こちらにたずねてくるはずだといいました。それでマリイは、トニイが来てくれるのを待って
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