って、トニイは立ち上がってのびをしました。そして、花のうれたお金と残った花とをマリイにわたしました。
「今夜はもうおしまいだ。よかったら、また明日おいでよ」
そして品物を箱にしまい、店をかたづけ、それを車につんで、その車をがらがらひっぱっていきました。
「さよなら」
マリイはそこにたたずんで、じっと見おくりました。
二
トニイは午後の三時頃から広場にやってきて、店をだします。マリイは日がくれてからやってきます。そして二人で仲よく、いろんな品物や花を売りました。ずいぶんよく売れました。
客のない間は、二人とも木の箱に腰《こし》かけて、トニイは本をよみ、マリイは絵本などをみ、そして時々話をしました。
マリイの父親は、支那《しな》やヨーロッパに通う貨物船の水夫でした。ところが二年ばかり前、その貨物船が行方不明《ゆくえふめい》になり、船といっしょに父親も行方がわからなくなりました。たぶん、船は沈み、父親は死んだものと、思われました。マリイは母親と二人で、さびしく暮していました。もとからびんぼうなのが、さらにびんぼうになりました。母親はよその家に雇われて、昼まだけ稼《かせ》ぎに出ました。アパートの小さな安い部屋へと、なんども引っ越しました。そのうちに、母親は病気になりました。どうにもならなくなって、マリイは花売りになろうと決心したのでした。
「あたしどんなにでも働くわ。そしてお母さんによい薬をのましてあげたいの」とマリイはいいました。
「うむ、もすこししんぼうするんだよ」とトニイはいいました。
「今にこの店を大きくして、たくさん商売ができるようにしてあげよう」
広場のかたすみのやたい店ではなくて、りっぱな建物の一階、きれいなガラス戸がたっていて、明るく電灯がともってる店、中にはいっぱい、花をかざり、いろんな品物をならべる。温室にさいた珍しい花、世界各地からきた珍しい品物、お伽《とぎ》ばなしのような美しい店です。
そんなことを二人は空想し、話しあいました。そして毎日、広場のやたい店にでるのがたのしくなりました。
ところが、ある晩、マリイはやってきませんでした。それから次の晩も、また次の晩も……。病気なのでしょうか。何が起こったのでしょうか。
トニイは心配になりました。夜おそくおくっていったことがあるので、マリイの住居《すまい》はわかっていました
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