う……とトニイは考えました。
ところで、その奇術の紳士は、どこに住んでるどういう人かわかりませんでした。トニイは困りました。店をだすのもやめて、町の中をあるきまわり、ことに港の方をあるきまわりました。あの紳士がよく海に出るらしいのを知っていたのです。
二三日むだに探しあるいた後、トニイは晩おそく、港のではずれのさびしい海岸にでて、そこのてすりにもたれて考えこみました。
港はあちこちに多くの船がとまっていて、その燈火《あかり》が海にちらちらうつっていました。その間を、いっそうのモーターボートが、すばらしい速力で走ってきました。まっすぐに、トニイがいるさびしい岸の方へやってきました。
おかしな舟だ……とトニイは感じて、物かげにかくれました。
やがて、ボートは岸につきました。その時、一台の自動車が海岸づたいに走ってきて、ボートがついているところにとまりました。ボートから岸へはしごがかけられて、一人の男がのぼってきました。
あの人だ! とトニイはあぶなく叫ぶところでした。照灯《しょうとう》の光にてらされたその横顔、姿、まさしくあの奇術《きじゅつ》の紳士でした。トニイは息をこらしました。
自動車から運転手らしい男がおりてきて、奇術の紳士となにかささやきあい、二人ではしごからボートの中におりていきました。しばらくして、四五人の男が、大きな箱をかかえてのぼってきて、その箱を自動車にのせ、上から毛布をかぶせ、みんなまたボートの中におりていきました。
トニイはそっと物かげからはいだし、自動車のなかにしのびこみ、箱のそばに毛布の中にかくれました。
奇術の紳士と運転手らしい男とは、ボートからのぼってき、二人とも運転手台にのり、そして自動車は全速力で走りだしました。
四
自動車は町にはいり、大きな建物の中庭にはいり、鉄の戸の前にとまりました。
奇術の紳士と運転手らしい男とは、自動車からおりて、鉄の戸の敷居《しきい》のところにかがんで、なにか秘密なあいずをしました。やがて、戸が開かれて、四五人の男が出てきました。
「どうだ」
「上首尾《じょうしゅび》だ」
低い声でそれだけささやきあい、そしてみんな、自動車のそばにやってきて、扉をあけ、箱の上の毛布をとりのけました。
トニイは度胸《どきょう》をきめました。目がさめたばかりのようなふうをして、起きあがって
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