かおれぼう》に背広服をつけ、ダイヤかなんかのネクタイピンを光らせ、時計の金鎖を胸にからませ、べっこうぶちの眼鏡《めがね》をかけています。けれども、眉《まゆ》から鼻から口もとまで、そっくり同じです。
 へんな紳士でした。トニイがやたい店にぼんやりしていました時、その紳士が一人で通りかかって、しばらく絵はがきをあれこれ手にとってながめて、一枚も買わずに立ち去りました。それから戻ってきて、笑いながらいいました。
「絵はがきの代はいらないのかい」
「どの絵はがきですか」とトニイはたずねました。
「はははは、君はぼんやりだな。これだよ」
 彼は上衣《うわぎ》のポケットから絵はがきを四五枚とりだしました。みなトニイの店にあったものなんです。
「どうだい、気がつかなかったろう」
「なあんだ、さっきごまかしたんですね。よし、も一度やってごらんなさい。こんどはごまかされやしません」
 紳士は絵はがきを手でいじくりまわしました。トニイはその手もとをみつめていました。よろしいという合図で、とったかとらないか、とったならどこにかくしたか、それをあてるんです。ところが、紳士はとても巧妙で、トニイにはどうしても見当《けんとう》がつきませんでした。とったと思っていると、一枚もとっていません。まだとらないと思ってると、四五枚ポケットにしまいこんでいます。カードの奇術《きじゅつ》と同じことでした。
「おどろいたなあ、あなたは奇術をやるんですか」
「なあに、ちょっとしたなぐさみさ。またこんど寄るよ。これは遊びちんだ。絵はがきなんかいらない」
 紳士は銀貨を一枚ほうりだして、行ってしまいました。
 それから時々、その紳士はトニイの店にたちよりました。いつも酒によってるようでした。そして絵はがきのごまかしっこをして、トニイと遊びました。トニイもだんだんうまくなりました。二人はもう仲よしになって、したしく握手《あくしゅ》をしあうほどになりました。
 そして近頃、その奇術《きじゅつ》の紳士が、さっぱり来なくなりました。マリイが店にでるようになってからは、一度も来たことがありませんでした。
 その紳士が、マリイの父親と同じ顔なんです。マリイの父親は二年も前に死んでるらしいんですが、どうもふしぎです。それから、マリイのところに誰からともなく届けられたたくさんのお金……。
 あの紳士があやしい、あれをつかまえてみよ
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