がね。」
「まあ……お止めなすったらどうでしょう。泳いでるだけならいいが、水にもぐったり、泥をかきたてたり……第一、芹なんかだめになってしまいますよ。」
俄に意見が変りましたので、その真作の顔を、恒吉はじっと眺めました。眉の太い、陽に焼けた純朴な顔に、なにか落着かない色が浮んでいました。
「いちど、池浚いをなすったら、どうでしょうかなあ。」と彼は溜息のように言いました。
「池浚いとは、また、どうしてだね。」
「いえ、ただ浚ってごらんなすったらどうでしょう。ずいぶん古い池ですからな。」
「そりゃあ古いよ。然し、あの通り、湧き水はしてるし、水蓮の花は咲くし、浚えることなんかないだろう。この辺が焼けた時、少しは物も投げ込まれたようだが、それもすっかり引き上げられたらしい。鯉や鮒まで、獲りつくされたんだからね。よってたかって浚えてくれたよ。きれいな、さっぱりしたものさ。」
実際、池は罹災前よりも綺麗になったようでした。藻がたくさん生えていましたが、ふしぎにそれさえ無くなりかけていました。恒吉は習慣的に早起きで、起き上るとすぐ庭に出て、池を見るのが楽しみでした。早朝の池の面は、水面に更に露が
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