でありましたが、彼女の両の眉は少しく寄りあっていました。
 山川正太郎は唇をかみしめました。
 ――ここにも、俺の決意を待ってるものが一つある。も一回やるか。
 見廻しますと、絨緞からはずれた床板に、まだ、ちらちらと光る細かい破片が散り残っていました。
 それを、彼は彼女にさし示しました。
「あれが分りますか。僕のダイヤです。」
「ええ、存じております。」
 明快に答えた彼女を、彼はふしぎそうに眺めました。彼女はちらちらと微笑みました。
「近くにおりましたのを、御存じなかったのでしょうか。」
 言われてから、彼もそれを思い出しました。

 宴席の間を、塚本老人がしきりに斡旋してまわっていたことは、山川正太郎にとっては、眼に余るというよりもむしろ不愉快でありました。
 この老人、塚本堅造は、若い頃から、山川正吉の傍についてまわっていました。けれど、その智恵袋ともなれず、相談役ともなれず、まあ鞄持ち程度に終ってしまい、老後には、僅かな建物の差配役というところに納ってしまいました。だから却って、正吉の歿後五十日のこの宴席を取り持つのは、当り前だと言えないこともありませんでした。
 けれど、こ
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