、どういうことになろうと、あの塚本さんを、恐れはしないでしょうね。」
「これまでも、あまり気にかけたことはありませんし、今後とて、その通りだろうと思います。」
 なにか怪訝そうに、彼女は彼の方を見つめました。
「それでは、言いましょう。信一君をこちらへ連れてきて、この家に住みませんか。」
 その問いが、実は返答でありました。
 彼女の子の信一は、鎌倉にある山川家の別荘にいるのでした。はじめは彼女も、そちらにいましたが、彼女の若い叔父さんたち一家が戦災にあって、その別荘に住むようになってから、東京の山川家に事ある毎に、彼女は手伝いに出て来ました。そして次第に、山川家に寝泊りすることが多くなり、殊に、正吉の病気から死去から仏事へかけては、山川家の一員のようになって働きました。そういう状態も、もういずれかへ決定すべき時期になったのでありました。つまり、彼女は信一と共に鎌倉に住むか、山川家に住むか、どちらかにすべき場合でありました。
 ところで、二人の情愛の問題につきましては、山川正太郎が多年守り通してきた独身主義と、加納春子の子の信一と、両方を互に尊重して、結婚は最初から問題でありませんでし
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