上原稔は頭を下げました。
「さあ乾杯だ。あけ給え。」
飲みほしたのへ、二つとも、山川正太郎はなみなみとつぎました、そして二人一緒に、グラスを挙げて、一息に飲みました。
上原稔はグラスを卓上に置きました。それより先、山川正太郎は飲みほすなり、グラスを床板に叩きつけました。薄手に彫りがあり足のついた高杯で、微塵に砕け散りました。
最後まで居残っていた二人の客が振り向きました。茶を出していた女中が急いで来ました。そのあちらに、加納春子の静かな眼がありました。その眼から、何か刺される[#「刺される」は底本では「剌される」]ようなものを山川正太郎は感じて、顔をそむけ、戯れのように上原稔に言いました。
「これが、ほんとの乾杯の作法だ。」
その時の加納春子自身、いま、上原稔がいたところに腰を下して、山川正太郎の前にいました。
山川正太郎は沈黙の後に言いだしました。
「いよいよ、あなたにも、返答をしなければならなくなりましたが……。」
彼女は心持ち大きく眼を見開きました。その顔は微笑んでいるかのような静けさでした。
「何の御返答でございましょうか。」
「いや、あなたと私と、二人に対する
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