せんでしたし、殊に経済的には、如何なる混乱が突発するか分りませんでした。その不安定な時勢のなかで彼は、恰も戦争中に積極的に動かなかったように、やはり積極的に動こうとはしませんでした。ただ、飲酒と無為との独自孤高な生活を、これではいけないと思いました。なにか新たな生活を、幻想的に追求しました。資産の危殆も却って快いものに思われました。そして新たな出発線を、亡父の五十日忌に置きました。そういうものに頼ったところに、彼の決意の浅さ弱さがあったとも言えましょうか。
それでも、決意に似た感慨は、深くそして痛く、ともすると彼はよろけそうになりました。
新らしい某政党の若い総務の本間利行が、帰りぎわに、彼をちょっと物蔭に呼びました。
「あなたもぜひ、党で大いに働いて貰わねばなりません。自重して下さい。それから、ミガキ鋼板のことは、万事承知していますから、御安心願います。」
囁いたまま、返事も待たず、玄関の方へ出て行きました。
それを見送るのに、山川正太郎は苦痛を感じました。そして玄関から引返すと、ベランダの椅子に腰を据え、柿酒の瓶を引きつけ、酔態を意識的に装って、もう誰の見送りにも立とうとし
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