したよ」とコスモは大きな声でいいました。
 コスマはびっくりして飛《と》びあがるようにたってきて、ターコール僧正《そうじょう》を迎《むか》えました。
 僧正《そうじょう》はあまりよけいな口をききませんでした。そしてすぐに尋《たず》ねました。
「人形は?」
「はい、これでございます」
 コスモとコスマは、室《へや》のすみの釘《くぎ》にさがってる人形のおおいを取りました。赤と黄と緑《みどり》と青と紫《むらさき》との五|色《しき》のしま[#「しま」に傍点]のはいった着物《きもの》をつけ、三|角《かく》の金色の帽子《ぼうし》をかぶり、緋色《ひいろ》の毛靴《けぐつ》をはいて、ぶらりとさがっていました。その帽子《ぼうし》や着物《きもの》や靴《くつ》はもとより、顔《かお》や手先《てさき》まで、うすぐろくよごれていて、長年のあいだ旅《たび》をしてあるいたようすが見えています。
 僧正《そうじょう》はそれをじっとながめました。
「お祈《いの》りをしてあげましょう」
 僧正《そうじょう》は紫《むらさき》の衣《ころも》をきました。人形の前に香《こう》をたき、ろうそくの火をともしました。そしてじゅず[#「じゅず」に傍点]をつまぐりながら、祈《いの》りをはじめました。窓《まど》からさしてくるぼーっとした明るみのなかに、香《こう》の煙《けむり》がもつれ、ろうそくの火がちらついて、僧正《そうじょう》の祈《いの》りの声はだんだん高まってきました。
 人形が、びくりと動《うご》いたようでした。はげかかってうすよごれのしてるその顔《かお》に、ろうそくの光《ひかり》がうつって、ほんのり赤みがさしてきます。眼《め》が大きくなります。今にも口をききそうです。その口|元《もと》にはもう、やさしい笑《え》みをうかべています……。僧正《そうじょう》の祈《いの》りの声は高く低くつづきます。
 コスモとコスマは、びっくりしたような気持《きもち》で、人形の顔《かお》に見入っていました。もう眼《め》をそらすことができないで、いっしんに見入っていました。僧正《そうじょう》の祈《いの》りの声と、ろうそくの光《ひかり》と香《こう》の煙《けむり》のなかで、人形がうっとり笑いかけたとき、コスモとコスマの眼《め》からは、涙《なみだ》がはらはらと流《なが》れました。そして涙《なみだ》を流《なが》しながら二人は、人形の顔《かお》を見つめ
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