!」と云いながら踊り出したものです。そして次の瞬間には、自ら喫驚して立悚みました。自分の踊りが余り馬鹿げきった変梃なものである上に、「おばーけ!」と云ったつもりの声が少しもでなかったのに、俄に気付いたのでした。ぞーっと怪しい気持に襲われて、逃げるように階下へ降りてゆきました。
叔母が茶の間にぼんやり坐っていました。私はその顔を見て喫驚しました。
「どうなすったんです!」
「どうって……あなたこそ。」と叔母は鸚鵡返しに云いました。
実際叔母は、しかめた眉の下に眼を円くし、口を尖らして、不満なのか悲しんでるのか分らない顔付をしていました。そして私は叔母の言葉で、自分の顔の筋肉が変に硬ばってるのを知りました。
私達は妙に無言になって、じっと坐っていました。暫くすると、向うの室の方で、何かひそひそと囁く声が聞えます。耳を澄すと、「恐い?……恐くない?」というような言葉や、「ほら、こんどは狐よ、」などという言葉が聞き取れました。
「ごらんなさい、」と叔母は云いました、「いつまでも寝つかないで、いろんな手真似をして脅かしあってるじゃありませんか。あなたがあんまり悪いたずらをするからですよ。」
そして叔母は何度も立っていって、子供達を叱ったり賺したりして、無理に布団の下に押し入れてるようでした。
そのうちに、子供達は眠ってしまい、夜は更けて、家の中がしいんと静まり返りました。まだ荷物の取散らされてる新らしい家の、鼻馴れぬ呆けた香りが、あたりの空気に漂っていて、妙に気持が落付きませんでした。私達の話は自然に叔父のことへ向いてゆきました。もう神戸……岡山あたりだろうかとか、いつ頃朝鮮へ着かれるだろうか、とかそんなことを話しながら、夜の中を走ってる汽車と、それに関連するいろんな想像上の椿事とが、心の奥に巣くってきました。そして二人は、遠くを見守る心地で、お寝みなさいとはいつまでも云い出しかねていたのです。女中までが隅の方で、妙にまじまじとした眼を真円い顔の中に見張っていました。
「おや!」叔母は突然顔を上げました。
「え?」と私は眼付で尋ねました。
「誰か来たのじゃないかしら?」
然しそんな筈はありませんでした。もう表の門も玄関の戸も早くから女中が閉めた筈です。それでも、暫くすると、叔母はまた誰か来たようだと云い出すんです。
「表をこつこつ叩く音がするんですよ。聞いてごらん
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