っていました。
 やがて皆そろいましたので、胸をどきどきさせながら、長者の屋敷《やしき》の東の白塀《しろべい》のところへやって行きました。
 ところが、一目《ひとめ》見ると、皆はあっと口の中で叫んだまま、おどろいて立ち止まりました。皆のおもしろい影法師がいっぱい立ち並んでいた白塀は、一面に何かでまっ黒に塗られてしまって、そのまっ黒な色がまたひどく濃《こ》くて、いわば闇の鏡みたいになっているのです。影法師どころか何一つ見えないで、ただ一面にまっ黒なだけです。
「はっはっはっは……」
 高い笑い声がしたので振り向くと、昨日の男がそこに立って笑っています。
「私のあのおかしな影がね、一晩のうちに大きくなって、塀いっぱいにひろがったのだ。とんだことになってしまった」
 それを聞くと、子供たちは急に怒り出しました。その男がだまかしたのだ。嘘を言ってるんだ。影法師が一晩のうちに塀《へい》いっぱいに大きくなるなんて、そんなことがあるものか。その男が塀をまっ黒に塗りつぶして、皆の影法師《かげぼうし》をなくしてしまったのだ。
「嘘つき、嘘つき。僕たちをだまかしたんだな」
 そう言って子供たちはつめよっていきました。
「はっはっはっ……」と男は平気でなお笑っています。
「人をばかにしてる。なぐっちまえ」
 気の早い子供たちは、棒ぎれを拾ったり、石をつかんだり、げんこを握りしめたりして、男へ向かっていきました。男は笑いながら、あちこちへ身をかわしました。ひどくすばしこい影のような男で、大勢《おおぜい》でいくら追っかけても、つかまえることが出来ませんでした。
「君たちはばかだな」と男は広場の中を逃げ廻りながら言いました。「そら、まっ黒な塀の中で、影法師が踊ってるじゃないか」
 そう言われてから皆は初めて気づきました。東から出た太陽の光を受けて、黒い鏡のように光っている塀の中に、皆の影法師が浮き出していました。白塀《しろべい》にうつったのとちがって、奥深いまっ暗な中にうつってるものですから、そうはっきりはしていませんが、すかして見ると、ちょうど生きた人間のように浮き出しています。それが、皆が動くにつれてあちこちへ動き廻って、大勢《おおぜい》の本当の子供たちが踊ってるようなんです。
「おや、これはおもしろいや。ふしぎだなあ」
 皆は黒塀《くろべい》の鏡に影法師をうつして、ふしぎそうにのぞきこみ
前へ 次へ
全5ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング