皆はわーっと声を立てておもしろがりました。そしてすぐにそのしたくにかかりました。小川の水を硯にくみ取って、一生懸命に墨《すみ》をすりました。早くしないと、太陽が昇ってしまいます。太陽が昇ってしまえば、影法師《かげぼうし》は小さくなってだめなんです。
「僕が考えたんだから、僕が先だよ」
 そう言って長者の子供は、白い塀《へい》の前につっ立ちました。その姿通りの影が、白塀《しろべい》の上にはっきりうつりました。それを他の子供たちが、墨《すみ》をいっぱいふくました筆で写し取りました。
「影法師なんだから、すっかりまっ黒に塗らなけりゃいけないよ」
 そして皆は影法師の形をまっ黒に塗り始めました。硯《すずり》の水がなくなると、また小川の水を汲《く》んできて墨をすりました。
 そのうちに、太陽はずんずん昇っていって、塀にうつる影法師は小さな不格好なものになりましたので、長者の子供一人のだけで、他のは写し取れませんでした。
「また明日の朝にしよう」

      二

 毎日晴れた日が続きました。子供たちは朝早くから白塀の前に集まって、かわるがわる影法師を写し取りました。
 そのことをおもしろがって、他の子供たちも集まって来ました。そして太陽が出たばかりの頃、日に二つか三つずつ影法師を写し取りましたが、日がたつにつれて、塀いっぱいたくさんになってきました。高いのや低いのや、肥《ふと》ったのややせたのが、皆まっすぐを向いてずらりと並びました。墨でまっ黒に塗った影法師《かげぼうし》ですから、太陽がいくら高く昇っても、太陽が沈んで晩になっても、ちょうど人がつっ立ってるように、そこに、白い塀《へい》の上に、つっ立っています。
 それを見て、通りがかりの大人《おとな》たちは、「えらいことを始めたな」と言いながら、にこにこ笑っていました。長者のうちのお祖父《じい》さんも出て来て、大きなまんまるい眼鏡《めがね》の下に眼をまんまるくして、「ほほう」と感心したように眺め入りました。
「これが僕んですよ」
「これが僕んですよ」
 子供たちはめいめいそう言って、自分の影法師の前に立ってみせました。背の高さから形まで、身体《からだ》どおりの影法師でした。
 さて皆の影法師が写し取られて、塀いっぱいに並びますと、これからどうしようかと、子供たちは考えました。写し取っただけではいっこうつまりません。
「影
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