心動いて、その青江の刀を是非見せて貰いたいと懇望した。坪井君は承知して、但し譲渡するわけにはゆかないと断り、郷里から刀を取寄せることにした。
坪井君が青江の刀を私の宅へ届けたのは、折も折、盂蘭盆の十三日の、しとしとと細雨の降る夕方だった。私は快心の笑みを洩らしながら、その刀をうち臨めた。縞目も分らぬ古錦の袋を開けば、年月の埃に黝んだ白鞘で、それでも研師にかけただけあって、中身は冷徹に冴え渡った大刀、相当の業物らしい。私は何事を措いても、その夜を楽しみに、少々酒まですごし、白鞘の刀を枕頭に横たえて、早くから床に就いた。
[#ここから2字下げ]
――僕の下心では、もしそれが本当にお化を出してくれる刀だったら、坪井が伯父さんを瞞着したように、何とかかとか云い張り、場合によっては如何に高価でも、借金までしても、それを坪井から巻き上げるか買取るかするつもりだった。刀には執着はないが、お化にこがれていたのだ。と云って、僕は妖怪変化の存在を信じてるのではない。そんなものはまあ居ないものと思ってはいるが、然し、どうかして逢いたいのだ。世には、怪異を見たという人は随分多い。それがたとい幻覚であるにせよ、一生に一度ぐらいは僕も見たい。怪異を見ることによって、心情が深まりはしないだろうか、少くとも心情の風景が賑かになりはしないだろうか。僕は生来怪異が好きなのだ。
[#ここで字下げ終わり]
深々たる真夜中、私はふと眼がさめた、と思ったのは誤りで、欄間には明るい光がさしている。起き上ってみるともう十一時になりかけていた。枕頭には青江の刀が昨夜のままで、そして一晩中何のことも起らなかった。
私はなお幾夜か、その刀をためしてみた。然し変化の出現する気配だにない。私は当外れの気持で、その気持のやり場に困って、此度は子供たちに試してみた。
[#ここから2字下げ]
――お化にまで嫌われたかという思いは、へんに遣瀬ないものだ。坪井に出て、僕に出ないわけはあるまい。電灯も消して真暗な中に夜中起きていてやろう。と努めてみたが、眼覚むればすぐ起上る代りに寝ればすぐ眠るのが癖で、早くから寝たためにその数日、充分すぎるほどの睡眠が取れた。怪談も何かの役には立つものだ。本当にお化が居てくれたらいろいろの役に立とう。少くとも子供たちにはお伽噺の代りになろう。子供にちにとって、近代では、もう妖精や怪物は死に失せて
前へ
次へ
全6ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング