しまったし、魔法使は姿を消してしまったし、王子様やお姫様なども居なくなってしまったし、奇妙な花や虫の美しさも消えてしまったし、つまりお伽噺がなくなったのだ。だからここに、青江の妖刀のお蔭でお化が復活するとしたならば、どんなに素晴らしい効果を来すことだろうか。
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私の家には十歳から十五歳までの子供たちが三人いた。私は彼等が寝静まった頃を見はからい、その寝室にひそかに忍びこみ、彼等が枕を並べて眠ってる頭の方、床の間に、青江の刀を置いてきた。そして翌朝、昨晩なにか夢をみなかったかと尋ねてみたが、三人ともけろりとして、眼瞼に夢の気配さえない。
私は彼等の前へ刀を持ってきて、刀にまつわる怪談を話してやった。その話に三人とも熱心に耳を傾け、遂には自ら進んで試してみると云い出した。為すままに任しておいたが、彼等は怪異を見るどころか、夢一つみなかった。
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――幻覚は子供たちをも捕えなかったのだ。彼等は怪談の暗示にもかからなかったのだ。この経験は、子供の精神の健全さと明朗さとを僕に信ぜさした。子供の精神に対するこの信頼を、僕は持ち続けてゆきたいと思う。この信頼は、やがて次の時代に対する信頼になるのだ。それにしても、怪異を知らない精神は淋しい。怪異はあらゆる夢想のうちの最も具象的な且つ最も飛躍的なものである。君はそういうものを知りたいと願うであろうか。然しもう、それは求めても得られないであろう。自分の精神力で創造し給え。
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怪異を出さないとすれば、青江の刀は私には不用である。私はそれを坪井君に返した。その時、私も、坪井君もへんに相済まぬような微笑を浮べた。
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――この話、全くの事実なのである。作為はない。其後幾年か、僕は坪井に逢わないし、消息にも接しないが、彼の何となく不健康な弱々しい姿、それでもどことなく根が強そうな姿は、今でも僕の眼に残っている。どうしていることであろうか。君がもし坪井に逢うようなことがあったら、僕に代って宜しく言ってくれ給え。
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底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月26日作成
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