梅の小さな足先が見えますと、それを避けるように、すぐ席に腰をおろしました。
「あんたのことは、徐康からいろいろ聞いて知っています。徐康はお父さんと懇意だったそうですね。お父さんが亡くなってからも、時々徐康に逢いますか。」
「いいえ、めったに逢いません。」
「いま一人きりだそうですね。」
「はい。」
「淋しいでしょうね。」
景雲は頭を振って、初めて落着いた青年らしい微笑をしました。
「初陽台なんかへ、時々登るのですか。」
「いいえ、登りません。」
「では、元旦の朝、どうして登ったのですか。」
景雲は急に、淋しそうな眼付をしました。そしてちらと秀梅の顔を見てから、答えました。
「私はあの時、いろいろなことを考えあぐんでおりました。その思想上の悩みのために、日の出を見たい気持になりましたのです。」
「そう、考えあぐんだから、日の出を……。」
秀梅はやさしい眼を見張って、怪訝そうに首を傾けました。景雲はふいにいいました。
「それでは、奥様は、どうしてあのような所へお登りなさいましたのでしょうか。」
「わたしはね、いろいろ考えなければならないことがありました。それを、ちっとも考えないように
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