のようなものが、ちらちら飛び交うのが感ぜられてきました。四五の人影が、無言のうちに山を下ってゆきました。秀梅も下り初めました。
小径はうねりくねって、石段や敷石が交錯していました。多くの沓に擦り磨かれたその石の上の、薄暗がりのなかで、秀梅の凍えた小さな足は滑りました。彼女は横向きに膝をつき、左手の甲をすりむき、右手で地面に身を支えました。そしてちょっと息をついています時、後ろから、若い逞ましい男の腕が、彼女を援け起してくれました。彼女はくっきりと身を包んだ外套の中から、そして頭からすっぽりと被った面帛の中から、低い声で御礼をいいました。若い男はただ、早くお帰りなさるがよろしいとだけいいました。そして二人はそのまま、彼女はその柔かな体重を彼の腕に半ば託し、彼はそれを支えながら確かな足取りで、薄暗い石道を辿ってゆき、途中の亭閣に憩いもせずに、湖岸まで下りてきました。
雨は降りませんでしたが、風もなく、ただ仄白い夜明けでした。秀梅はそこに立止って、面帛を半ばかかげて相手をすかし見ながら、静かな声でいいました。
「わたしは陳秀梅という者であります。明日お午に、あらためてお目にかかりたいと存
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