理屋に食事をしに行くことがありました。侍女も連れずに一人で、湖岸の散歩にぶらりと出かることがありました。日常の交際では、相手を選り好みすることが全くなく、どんな悪評のある人が訪れてきても、にこやかに応接しました。
ところが、人々をそれとなく帰して一人で李景雲にまた画舫を出さしたことのうちには、なにかただの無頓着さとは異ったものがあるようでした。彼女は蓮の実の菓子を二つ三つかじりながら、いつまでも無言のままでいました。
湖の北岸の葛嶺の頂きにある初陽台は、眺望絶佳の場所とされています。夏には遊歩の人が多くあります。けれども、旧暦十月朔日の未明、此処から東天を眺めるがよいといい伝えられております。日の出に際して光茫充満し半天赤くなるともいわれていますし、或は日月並び出るのが見られるともいわれています。新暦元旦の早朝に登って、初陽に祈念する人もあるそうです。
この元旦の未明、陳秀梅はただ一人で、何故か明らかではありませんが、初陽台に登ったのでありました。そして日の出を待ちましたが、ただ仄かな白みが東天に漂ってる気配きりで、空は一面に茫と曇って寒冷な大気のなかに、霧とも雨ともつかない針
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