がしました。
「ちょっと、片づけものをしまして、じきに参ります。子供たちへお約束の品を買って頂いてますうちに、お先に宅へ戻っておりますから……。」
 そして張金田と二人の子供とは、町の方へなにか買物にやって行きました。舟には、子供たちの母親の陳秀梅と女中の※[#「槿のつくり」、84−下−2]香とが残りました。
 陳秀梅は席にじっと落着いたまま、火桶に片手をかざして、船頭の方を眺めました。二十七八歳の青年で、画舫の水夫としての普通の身装ですが、眉秀でて口元が緊り、頼もしい精神力を偲ばせる顔立でありました。
「あんたが、李景雲さんですか。」と秀梅はいいました。
 突然、丁寧に呼びかけられて、青年は棒のようにつっ立ちました。
「あんたのことは、うちの徐康から聞いて、よく知っています。もとは立派な家柄だったとか、そして、室にはいろいろな書物が一杯並んでおり、頭にはいろいろな知識を一杯つめこんでいなさるとか、聞きました。だけど……。」
 秀梅の頬からやさしい微笑が消えて、真面目な色が眉根に寄りました。
「そういうことよりも、わたしはなんだか、あんたをじかに、よく識っているように思えますが……。」
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