するため、日の出を見たくなったのですよ。」
 こんどは景雲が、怪訝そうに眼を見張りました。そして二人の眼が暫く合った時、秀梅はふいに、にっこり笑いました。
「つまり、どちらも同じことのようですね。」
 景雲の頼に、熱い色がのぼりました。
 そして暫く黙っていますと、秀梅は、蓮の実の菓子をつまみ、その鉢を景雲の方へも差出しました。景雲はびっくりしたように腰をあげて、秀梅へ茶を汲んでやりました。秀梅はその茶をすすりながらいいました。
「用があれば家へも来ると、あんたは約束しましたね。」
「いえ、約束などではありません。いつでも伺います。」
「それなら、これから時々来て下さいよ。あの時の御礼に……といっては変ですけれど、いろいろお頼みしなければならないこともあります。わたしはあんたを信じています。また、わたしに出来ることなら、何でもしてあげますから、相談して下さいよ。」
 景雲はじっと頭を垂れて、涙ぐんでしまいました。
「ただ一つ、心に置いといて貰いたいことがありますのよ。」
と秀梅はいいました。
 その秀梅の話というのが、景雲には全く意外なことでありました。張金田に関することでありました。
 張金田は陳家の姻戚に当る人で、もと杭州の出でありまして、現に杭州に別荘も持っていますし、陳家とはごく親しい間柄でありました。上海で、おもに雑貨の貿易品を取扱っているとのことでしたが、いろいろな方面に関係しているらしく、その仕事の本体は曖昧だとされていました。大変富裕らしく見せかけていましたが、実は、陳家からも数万の金を引出して、そのままになっておりました。その張金田が、昨年の暮に、妙な手紙を陳秀梅に寄来しました。――娘の瑞華ももう十六歳になるのだから、来年は結婚のことをよく考えてもよかろう。丁度よい相手が上海にいるし、場合によってはこの金田が貰ってもよろしい。また秀梅自身も、若いのにいつまでそうしてもおられまいし、何とか考えを変えるべきであろう。それに現在のままでは将来のことも案じられる。陳家に出入の人々のうちには、財産や婦人を求める眼色も相当に多いと聞く。兎に角万事のこと、来年の春そちらへ出向く折に詳しく相談したい。――そういう意味の突然の手紙でありました。冗談と露骨さとの入り交った、真意の掴めないものでありました。
 陳秀梅はその手紙に相当悩まされました。殊に、いろいろ貪慾な眼
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