憤っていた。と云って別に腹が立っていたわけではない。憤っていたというのが悪ければ、私全体が苛ら苛らして浮々していたのだ。それは気圧の影響だと思う。気圧は妙に人の心の雰囲気に影響するものである。
 私は或晩、蝦蟇をうつ向けた盥の中に。入れて、上に大きい石をのせて置いた。翌朝蝦蟇は盥の中に居なかった。
 ここに一寸余事を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]む――
 私の国の田舎にわくどう爺[#「わくどう爺」に傍点]として通っている一人者の貧しい老人が居た。蝦蟇のことを私の国では俗にわくどう[#「わくどう」に傍点]と云うのである。その老人は川魚を取ったり、些細な施与を村人から受けたりして、暮していたが、彼の重な収入はわくどう[#「わくどう」に傍点]に在った。蝦蟇を方々から捕えて来ては、それを町の古い薬種屋に売っていた。彼の藁家の庭には、細かい金網を張った檻が幾つもあった。蝦蟇が沢山入っていた。いつもぐぐぐぐと妙な声がしていた。生臭い空気がじめじめしていた。女や子供は到底見に行けなかった。彼は蝿や時には蚯蚓などを取って蝦蟇に与えていた。方々から捕えて来られた
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