。美津子さんは怖い眼付きでじろりとわたくしたちを見て、二階へ上ってゆきました。
それからまた二度ほど、美津子さんは京子さんのことを尋ねました。どうもおかしいので、母は、良吉さんが一人きりの時に、京子というひとのことを尋ねてみました。良吉さんは苦笑しながら言いました。
「なあに、京子というのは、ずっと前に亡くなった僕の女房ですよ。それが、今に生きているらしいと、美津子が言い張るんです。なにかの錯覚ですね。証拠をつきつけて、亡くなったことを信じこませることにしましたから、もう大丈夫です。御心配かけてすみませんでした。」
そして、実際、数日後に、良吉さんは美津子さんを説き伏せたそうでした。滋賀県の郷里に手紙を出して、京子さんの死亡のことやその戒名まで書き入れた返事を貰い、それを美津子さんに見せたのです。
これで、京子さんのことは済んでしまいましたが、あとが、へんな工合になりました。
誰か、しきりに自分のことを探索していると、美津子さんは言い出したのです。誰とも知れない者が、始終こちらを窺っていた。今何をしているか、寝転んでいるか、原稿を書いているか、そんなことを見極めたがっていた。往
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