より外はありませんでした。
 ところが、良吉さんは不思議に冷淡で、大して気になすっていないようでした。母が注意してあげても、ただ笑っていました。
「なあに、ちょっと神経衰弱の気味で、それに、近頃流行の電波恐怖症がからまったのでしょう。なまじっか手を出すより、静かに放っておけば、追々に癒りますよ。」
 それから後で、或る医者の意見とかいうものを、母に話されたことがありました。
 その医者の意見に依りますと、美津子さんの御様子は、よく診察してみなければ分らないけれど、まあ大したことはあるまいというのでした。近代の都会人には、軽微な分裂症的症状は多少ともあるもので、それを一々取り上げていては際限がないし、美津子さんのことも、もっと詳しいデーターを集めて、それから然るべき専門医に相談するがよかろうとのことでした。
 その医者のところにも、いろいろな患者が見えるそうですが、その中の面白い例を一つ話されました。
 それは某大学の学生ですが、時々、電波が来た、電波が来た、と怖がって、一週間ばかり家の中に竦んでいるそうです。そしてその一週間ばかりの蟄居が終ると、あとはけろりとして、外出もするし、学校に
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