れには縁遠いものに思われた。それよりも、おれの生活、つまりおれの世界を、自由な境地に繰り拡げることだ。それには、そういう自由には正義とか不正義とかいうことよりも、美とか醜とかいうことが問題だ。美は心を自由に開いてくれる。醜は心を不自由に閉す。醜悪はおれの世界から絶滅しなければならない。そして千代はいろいろな意味で、醜悪の一つの代表なのだ。
そういうわけで、おれは千代の病院入りに賛成した。
そのことを、赤木がひそかにおれに相談したのだ。――二階の室を使う特別客の仲間の一人に、古賀さんという中年の男がいて、その知人に脳病院の医者がある。千代の様子を話してみたところが、その軽度のものなら、全快はしないまでも、いくらかよくなるかも知れないから、二三ヶ月預ってみてもよいとのこと。
「どうだろう。」と赤木は探るようにおれの顔を見た。
どの点から考えても、おれは賛成だ。
ところが、赤木は、おれと二人きりなのに声をひそめた。
「問題は嘉代だよ。あれは、千代を自分の娘のように可愛がっておる。なかなか手離したがるまい。それに入院費のこともぐずぐず言うだろう。然しだね、ただ可愛いいとか、入院費とかの
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