たところ、千代の薄野呂は、脳膜炎の結果かとも見えるし、遺伝梅毒のそれかとも見えるし、其他の悪疾のそれかとも見える。嘉代さんの注意で、彼女はそう不潔ではなく、臙脂色系統の衣類をまとっているが、そのため却ってなにか疾患的不気味さを感じさせる。そういう彼女がいるこの店に、多くの人が飲食に来ることは、おれには腑に落ちない。おれだったら、千代を見れば、もう二度とは来ないだろう。
 もっとも、ここの料理は、素人風だが場所柄としてはわりに品質がよい。客の多くは食いに来るよりは寧ろ飲みに来るのだが、その酒が、日本酒にしても、日本物だがウイスキーにしても、銀座裏などに比べても遜色はない。この点に赤木は頗る努力しているのだ。それから実は、千代はあまり客の前に出ないようになっている。奥の室で、お燗番をしたり、野菜をえり分けたり、下駄の鼻緒を拵えたり、ほどき物をしたりする。そんな仕事を、畑の草取りと同様に、彼女はよくやってのける。用がないと、居眠りをしていて、最後の後片付けに呼び起される。それでも、やはり客の前に顔を出すこともあるが、少しぐずついていると、嘉代さんが奥へ追いやる。嘉代さんがうっかりしている場合
前へ 次へ
全20ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング