いや、昨夜外に出た時から、もう千代の姿を見なかった。――聞けば、病院に、とにかく診察を受けに行くために、着替えをさしたが、それきり、彼女は消えて無くなったというのだ。
 赤木は冷静に首をひねって、家中をあちこち覗き見て、それから、外を見廻ってくるとて出て行った。
 嘉代さんはおれを土間の隅っこに引張って言った。
「もう病院なんか行かないから、あの子を探して来て下さい。」
 おれにはのみこめないのだ。
「あの子がいやがるのを、お花見に行くんだと言って、着物を着替えさしたんです。お宮の方ですよ。きっと。連れてきて下さい。」
 おれが出かけようとすると、嘉代さんは突然泣きだしておれの腕をつかまえた。――大それた話をおれは聞いた。古賀さんは、大量の砂糖を隠匿してるらしい。時価一千万円近い量だともいう。その一部を、赤木の二階に預って貰いたいのだ。料飲店だから却って人目につかないと、苦肉の策だ。ただ困ったことに、白痴の千代がいる。正気の者なら口止めは出来るが、白痴の口止めは不可能に近い。そこで、暫く彼女を病院に入れることに、赤木と相談が出来た。ところが、古賀さんの現物の方に、現状では摘発される危険
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