じの顔を眺めた。
「少しおかんむりなんだ。病院へは僕がついて行くことになってるのに、嘉代は、自分で行くと言いだして、僕には来ちゃあいけないというんだ。まあ……気のすむようにさしとくさ。とにかく、飯はたいてくれよ。」
 だいたい、へんな夫婦なんだ。赤木は世間的な策士で、すべてに如才がない。嘉代さんはちょっと気取りやで、向う意気が強いくせに、その大きなお臀のような善良さを底に持っている。表面は女房が亭主を尻に敷いてるようで、陰では亭主が女房を操っているのだ。
 だが、どうも、赤木は今、嘉代さんを操りかねているらしい。なにかそわそわしていた。嘉代さんの方でも、赤木を尻に敷きかねているらしい。――これもなにかそわそわしていた。おれだって、御多分にもれない。宿酔の気味もあったが、釜の下の火がよく燃えなかった。
「千代ちゃん、千代ちゃーん、どこにいるの。」
 嘉代さんの大きな叫び声が響き渡った。
 飯さえできればあとはどうでもよいと思って、家の中の落着かない雰囲気をよいことに、おれはちょっと迎い酒をやっていた。
「千代ちゃんは知りませんか。」と嘉代さんはのしかかるように尋ねる。
 おれは今朝から、
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