ら急に調子を低くして、「実は旅も医者の方から禁ぜられているんだけれど、悪くなる前に一度君達にも逢いたいと思ったものだからね。」
 凡てのことがはっきり分って来たように彼には思えた。憐れむのでも同情するのでもなく、ただじっと叔父の心を見つめているような心地で、彼はその顔の淋しい陰影を見守った。
「それでは四、五日ゆっくり休んでいらっしたらいいでしょう。」
「いや後でまた医者に叱られるといやだからね。」そして叔父は他愛なく笑った。「それに種々な雑務もひかえているんだから。」
「ではあの父が居た室が今あのままになっていますから、お嫌でなかったらゆっくりと疲れをお休めなすったらいいでしょう。」
「ああそれは結構だね。然し別に病人というんではないから、どうかかまわないでおいてくれ。その方が自由でいいからね。」
 それで彼は妻と一緒に、もと父が居た部屋を清めて、窓際に柔かなソファアを据えたり、卓子《テーブル》の上に美しい水菓子を並べたりした。叔父は黙って窓から庭の植込みを見ていた。
「あの木は暫く見ないうちに随分大きくなったもんだね。」と云って青々とした芽を出している梧桐《あおぎり》を指した。

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