何よりも梧桐が一番早く伸びますよ。」
「そうだね。」と云って叔父はやはりじっと庭を見ていた。
午後になって薄い雲が空を蔽うた。淡い日光が物の輪廓を朧ろに暈《ぼか》して、物影に青白い明るみを澱ました。彼は一人書斎に退いて、何処から来るとも分らないような雀の囀りを聞いていた。「やはり少し汽車に疲れたようだ。」とそう云った叔父は、あの室で毛布にくるまり乍ら白日《まひる》の微睡《まどろみ》をソファアの上に貪っているらしい、と彼は思った。その白い毛布の中の窶《やつ》れた顔の影像が、遠い昔の人を見るような果敢なさで彼の心に迫った。
彼は初め叔父を見た時から何かがしきりに感染して来るような気がしていた。その漠然としたものが次第にある中心を定めて凝結して来た。其処に先刻叔父が話した尼僧の生活と云ったようなものがあるように思えた。只一人離れてじっと何か淡々しいものに浸り乍ら眼を見開いていたい、というふうな感情が彼の心に甘えていた。
叔父は勿論只単にたえ[#「たえ」に傍点]子のために来たのでもない、と彼は思った。また単に彼自身のために来たのでもない。彼とたえ[#「たえ」に傍点]子との間に醸される雰
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