彼は叔父の顔を見守った。以前何処かやさしい女らしい所のあった顔が、瞑想的に引きしまっているのを彼は見た。そして何か見馴れない表情のあるのを発見して不思議相に見つめていた。
「なぜそう黙って僕の顔を見ているんだい?」と叔父が云った。
その時彼は初めて短く鼻髭を伸《のば》してあるのに気附いた。それで微笑んでこう云った。
「何処か見馴れない所があると思いましたら、髭をお伸しなすったんですね。」
「おやそうでしたのね。私も何だか変だと思っていましたの。」とたえ[#「たえ」に傍点]子が云った。
「ああこれか」と云って叔父は苦笑した。「今気が附いたのか、君達も随分呑気だね。」
叔父は問われるままに京都の種々な話をした。旧御所の中の編笠をかぶってお化粧した掃除女の群や、清水《きよみず》の茶店を守っている八十幾歳の老婆の昔語りや、円山公園の夜桜、それから大原女《おはらめ》の話、また嵯峨野の奥の古刹から、進んでは僧庵や尼僧の生活まで。そしてこうつけ加えた。
「一体彼等の、特に尼僧の生活には矛盾があるようだね。彼等は静かな勤行《ごんぎょう》の生活のうちに、過去のなつかしい思い出を深く深く掘ってゆく
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