姿を見てその顔を見守った。その眼が「何か御用?」とこう云った。
彼は妻の傍に坐って黙って手紙を差出した。
「これを読んでごらん。」
彼女は手紙を受け取って裏を返してみた時、顔を上げて彼の眼をじっと見た。それから事もなげに中を披いて読み下した。
「ほんとでしょうか。」と彼女は云った。
「だって昨日の夕日は綺麗だったじゃないか。」
「では今日被入るのね。」
「ああもうすぐ御出でになるかも知れないよ。」
「そうね。」
彼は妻の顔を見つめてやった。何だか自分と関係もない他処《よそ》の女を見ているような気がした。お前は誰だときいてみたいようにも思った。そしてこう云った。
「叔父さんからお前の処へ別に手紙はなかったかい。」
「いいえ何にも。」
その時彼は過去のことを思い出した。まだ彼とたえ[#「たえ」に傍点]子との間を知らなかった時、叔父はたえ[#「たえ」に傍点]子へ二つの手紙を書いた。その後で二人の間を纒めてやった時、彼女からその手紙を返して貰って、それを彼の前に差出した。「君が見てもいいんだ。」と叔父は云った。然し彼はそれを披《ひら》かないで、二人して灰にしてしまった。彼は前にたえ[#
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