はまた丁寧に手紙を巻き納めて、それから卓を離れてソファアの上に身を投げた。
 愛妻を失って憂愁の生活をしている痩せた叔父の姿が彼の頭に映った。それからたえ[#「たえ」に傍点]子を恋した叔父、彼とたえ[#「たえ」に傍点]子との恋を聞いて二人の間を纒めてくれた叔父、間もなく自ら京都に職を求めて去った叔父、好める植物の研究に余暇を捧げて、老婢と佗びしい暮しをしている叔父、――過ぎ去った二年の歳月が、彼の前にそういう別々の叔父の姿を幾つも見せてくれた。遠い絵巻物をでも見るような落ち着いた心地で彼はそれを見た。然し今、書信の往復も間遠になった折のこの突然の来意の手紙が、彼の心に妙な悲壮な気の暗示を与えた。叔父はまだたえ[#「たえ」に傍点]子の姿を心の奥に秘めているのではないだろうか、と彼は思った。
 然し彼が見たのは何故? との問題ではなかった。どうにかしなければならない、とそう思った。そして彼の前に広い空間が拡がった。その中に叔父が居る、彼自身が居る、そして妻のたえ[#「たえ」に傍点]子が居る。
 彼は立ち上って、手紙を持ったまま妻の室に行った。彼女は手娯《てなぐさ》みの刺繍をやっていた。夫の
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