物を訪わんと存候えど、閑暇――閑暇はあり乍ら心臆して未だその期を得ざるままに日を暮し候。その後出京の念漸く成りて本夕出発、明日は多分御面接を得ることと存候。御新棲の有様も伺いたくと存候えば……。
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それから又こんな文句もあった。
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但し此度は微行《びこう》に候、微行とは誇言なれど、此度の出京は君等の外誰も知る者なしとの意に候。然しそは特別の用件あるが故には候わず。ただ一泊の訪問なるを予め御報申さんが為に候……。
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其処を彼はくり返して読んでみた。そして手紙はこう結んであった。
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突然のことにて御喫驚も有之らんかなれどそれも面白かる可しと存候。此の手紙は今日午前投函する筈なれば、小生の到着前に御手に届くことと存候。自身は今夕夜行にて出発する筈に候。但し本日の夕陽に明日の快晴を思わするものあらばとの条件を附加し候、さらば。
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彼の心に不可解なものが醸《かも》された。それで幾度もくり返し読んでは、叔父の本意を探らんとした。然し彼の眼に留ったものは以上の文句に過ぎなかった。彼
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