の習慣がついてしまっていたので、翌朝彼が起き上ったのはやはり太陽が高く上った後であった。そよそよと風に揺ぐ新緑の葉の一つ一つに日光が輝いて、そして雀の群が楽しい叫び声で呼び交していた。
「叔父さんは?」と彼は女中にきいた。
「早くから、野原に出て来ると仰言いまして御出かけになりました。」
 彼は庭に出て新鮮な空気を吸い、そして室に帰って叔父を待った。昨夜のことが夢のようにかすんでゆくのを、追《お》っかけるようにして心のうちに回想してみた。追憶がやさしい形を取って、現在の自己と何等交渉のないような朧ろなものを見せてくれた。その中に北斗星が明瞭《はっきり》と光り輝いて彼の頭に映じた。
 其処に叔父が何処か晴々とした顔をして帰って来た。凡てを忘れたもののようにして、そして長い間の親しみを持ったもののようにして。
「よく御眠りになりましたか。」
「ああ。今朝は大変気持ちがいいね。」こう云って親しい笑顔《えがお》を見せてくれた。
 朝とも午《ひる》ともつかぬ食事をしてから、叔父は三時五十分ので発《た》つと云い出した。せめて葉子が帰ってくるまで、と云って皆でとめた。そして彼とたえ[#「たえ」に傍点
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