た陰深たる木立の奥をすかして見た。心の中にたち乱れた情緒が息を潜めて、大きい円い力となって彼の胸を中から緊縮した。解き難い或るものが、そしてただ緊張し霊感する或るものが其処にあった。不可見の或るもの不可知の或るものが、彼の周囲をとりかこんで、それが無際限に連る。心霊の孤独と多元的宇宙の相互の愛とが、殆んど何等の矛盾なしに彼の心に感ぜられた。空と地とに啓示せられる誘《いざな》いのままに彼は身を任せて、何物をもうち忘れ、只ふらふらと歩き廻った。
 その時向うにちらつく火影を認めて彼は凝乎と立ち止った。それは叔父の室であった。叔父は窓をうち開いて黙然《もくねん》と外を見ていた。彼は忍び足に近寄って、その顔を見つめた。叔父は地面に眼をすえて、だらりと両手を窓に置いている。背後から電灯の光を受けた顔が仄白く浮んで、石にでもなりそうに思われる程じっと動かないでいる。その時叔父は片手を上げて頸を支えた。彼は余りに激しく見つめていた自分の視線に懼然として、一寸樹影に身を引いて、それから低く呼んだ。
「叔父さん!」
 叔父は物に慴《おび》えたように飛び立って窓から少し退いた。そして声した方をすかし見た。
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