「まだ起きていらしたんですか。」
「ああ。」と叔父は漸々安心したらしく答えた。「何だか少し外気に触れたいと思ってね。……君一人なのか。」
「ええ。ちとお歩きになりませんか。」
「そう、僕もそんなことを思っていた所だ。」
 こう云って叔父は窓を閉じた。
 彼は樹の幹に身をもたせて空を仰いだ。障壁がとれて直接に叔父の心と見合せたような気がした。そして北斗星の尾を延長してその線に当る星々を一つ一つ見つめながら、大空に一直線の視線を画いた。
「何処へ行くんだ。」と間もなくやって来た叔父が尋ねた。
「そうですね……。」と彼は漠然と答えた。
 それでも二人は言い合したように庭の奥の方へ歩き出した。
 彼は父母の遺産をついでこの広い邸宅を守ってから、花壇や狭い畑地を壊して、大木を選んでむやみと植え込ませた。遠くより見れば殆んど森のようになった屋敷も、時々植木屋の手が入るので、その中にふみ込むと矗々と並び立った木立の下影には案外広濶な空地が開けていた。二人共沈黙のうちにその中を歩き廻った。
 梢からちらちらと洩れる星影を頼りにほの暗い中を歩いていると、彼は傍に立っている者の叔父であることを殆んどうち
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