た。
彼女の眼が光っていた。彼は薄明りにその意味をよむことが出来なかった。それでそっと妻の肩に手を置いて、こう云った。
「叔父さんは?」
「おやすみなすったでしょう。」
肩に置いた手にその低い声が震えるように感ぜられた。彼は今一度妻の顔を凝視した。
「叔父さんは何とも仰言らなかったのかい。」
「いいえ。」そして彼女は一寸息を休めた。「ただ、すっかり以前と様子が変ったねってそう仰言って、私の顔をじいっと見つめていらしったの。私はそれから何か仰言るのかと思って黙っていましたら、何時までたっても何とも仰言らないのですもの。それで顔を上げると、叔父さんは窓越しに外の方を見ていらっしたの。だから私、おやすみなさいませと云って出て来ました。でも……私何だか妙な気がしましたの。」
「それっきり?」
「ええ。」
悲愴《パセティック》な震動が彼の心に伝わった。意味の分らないヴェールがふわりと下りて来て、その中に自分というものが朧ろ朧ろになってゆくような気がした。そして何か別の透徹したものが彼の頭に入って来た。
「お前は臆病だね。」
「え?」と彼女は顔を上げて彼の眼を見守った。
「そんな時にはそっと
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