った。
 それで彼も漸く心が落ち着けたように思った。これだけ云ってしまえばもう何にも云うことは残っていないような気がした。それで画集などを開いて見せた。
「裸体画が大分多いようだね。」
「ええ。」と云って彼は微笑んだ。
 その時ピアノの音が響いて来た。叔父は一寸耳を傾けて聞いているようだった。彼は叔父がよくたえ[#「たえ」に傍点]子の奏《かな》でるのを喜んできいたことを思い出した。それでこう云った。
「あちらへお出でになりませんか。」
「そうだね。」と云って叔父は一寸躊躇した。
 それは丁度たえ[#「たえ」に傍点]子と葉子と二人でピアノの側に立ち乍ら何やら笑い興じている所であった。二人共喫驚したように眼を見開いて彼等を見守った。
「叔父さんのために何か弾いてごらん。」と彼は妻に云った。
「もうすっかり忘れてしまったんですもの。」
「うそよ!」と葉子が云った。「弾かないって法はないわ。」
 それで皆笑ってしまった。そしてたえ[#「たえ」に傍点]子は指を鍵盤に置いた。彼女は特にベエトオヴェンのソナタ第二部のうちから天真《ナイブテ》なものを選んだ。
 彼は始め彼女の側からかすかに見える白い指
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