である。そして叔父はこう結んだ。「自然のものの意志を微細に研究すると、又別な世界が開けるようだね。」
「叔父さんのは素人《アマトウル》の研究だから一層興味が深いんでしょう。」
「そうだね。でも僕は凡てのことに余り素人すぎるんではないかと思うよ。」
「そうでもないんでしょうけれど……。」と云いかけて彼は口を噤《つぐ》んだ。妙にうち解け難いものがちらと感じられたので。そしてこう云ってみた。「メェテルリンクにランテリジャンス・デ・フルウル――花の知能、という面白い書物がありますよ。英訳がありますから読んでごらんなすったら。」
「そうか。」と云ったまま叔父はそれを深く尋ねようともしなかった。
 沈黙が続いた。そして二人の間に重苦しいものが置かれた。彼は耳を澄して何かをじっと聞きとろうとするような心地で居た。昼の光りが次第に移って淡くなるのが見えるように思えてきた。二人共離ればなれに居て、それで同じものを別々の眼で見守っているような心持ちが、はっきりと彼の心に映った。その時叔父が突然こう云った。
「あまり急にやって来たんで、少し驚かしたのではないかね。」
「いいえ、朝のうちにお手紙を戴きましたから。それでもお手紙を拝見しました時は、少し意外でしたけれど。」
「何しろ僕も急に思い立ったんだからね。実は身体《からだ》の方も気にかかっていたし、此機をのがしてはまた来られそうもないと思ったものだから。」
「そんなにお悪いのですか。」
「自分では分らないが、何しろ医者がひどく云うんだからね。」
 彼は叔父の顔を見守った。そしてその眼に何か云い出しかねているような思いの潜んでいるのを見た。
「お手紙にあったことは本当ですか。」
「偽りは少しも書かなかったつもりだが。」
「特別の御用件が無いというのも。」
「そうだ。只一寸君達に逢ってみたいということの外はね。」
「お出でなすって何か御不満はありませんでしたか。」
「君は何時もそんな風に物を考えるからいけないんだ。僕の心はよく君に分っている筈だ。そして君の心も僕には分っているつもりだ。……叔父が甥の家を訪《たず》ねたからって何も不思議はないだろう。それでいいんだ。」
「ええ、ですけれど、私は何だか客をとりもつことを知らないものですから、御退屈ではないかしらと思って……。」
「なにその方が気がおけなくていいんだ。」そう云って叔父は快活そうに笑
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