、波多野邸の門から一歩ふみだした時、彼は全身の力がぬけたような状態になった。何かの重圧から遁れると共に、自身もくずおれてしまう、そういう状態だった。
彼は足を止めた。殆んど無意識に振り返った。山茶花の粗らな枝葉からすかして見える玄関前に、人影があって真白なものを撒布していた。人影はすぐ扉に隠れたが、千枝子らしかった。彼は忍び足でそこへ立ち戻った。扉の前のコンクリートから地面へかけて、真白なものが点々としていた。彼はその一塊を拾い、口になめてみた。
しおばな……と彼は呟いたが、それと知ると同時にもうそれにも無反応になった。そして何かえたいの知れない沈思に陥って、ただ機械的に足を運び、そこを去った。
底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1−13−24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「世界」
1946(昭和21)年2月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年11月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作
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